母が亡くなって5ヶ月が経ちました。
生前、母は生まれ育った浦賀(横須賀市)に行きたがっていたので、今日、父と兄夫婦、叔母に声をかけて行って来ました。
母の一族が特に思い出がある場所が横須賀市浦賀にある燈明堂跡
うっすら見えるのは房総半島です。

母は、子供の頃から兄弟姉妹とよく遊んでいたそうです。
(私も子供の頃は夏になるとこの海で遊んでいました)
祖父母の家に親戚が集まると必ずこの海に来ていたこともあって、何かあると今だにこの海に来ます。
母ももう一度行きたかったと思います。
ようやくみんなで行けてよかったです。
その後は祖父母のお墓参りへ。
祖父母の家は浦賀奉行所跡の目と鼻の先にありました。
その奉行所跡から数分歩いた所にあるお寺寿光院にお墓があります。
お寺に向かう途中、父と叔母、兄と私の4人は祖父母の思い出話や昔話に花が咲き、娘と旦那、兄嫁はキョトンとした感じ。
そりゃそうだ。会ったことないもの。
すると娘が
娘:今から行くお墓はママのおじいちゃんとおばあちゃん?
私:そうだよ。君から見るとひーじーじとひーばーば
叔母:そうかー、ひーじーじとひーばーばだね
私:そう、じじぃとばばぁじゃないよ
娘:じじぃはまだ生きてるもんね
父:おぅ、しぶとく生きてやるからな
と娘には説明しました(笑)
祖父母に娘が高校生になった報告を兼ねてご挨拶してきました。
ここの寿光院にあるお地蔵さまは「首から上の病気にいい」という話があります。
このお地蔵さまにもしっかり手を合わせて来ました。
お地蔵さま以外に会津藩士のお姫さま美都姫(みとひめ)様のお墓があります。
祖母が福島出身と言うこともあり、行くと必ずお姫様のお墓にも手を合わせて来ます。
【美都姫様について】
・美都姫と寿光院の歴史ゆかりの地
神奈川県横須賀市西浦賀にある浄土宗寺院「寿光院」の墓地には、美都姫の墓(美都姫之墓)が現存しています。
・背景
文化7年(1810年)、幕府の命により会津藩が江戸湾防備(浦賀警備)のために出兵した際、美都姫は息子である小林栄三郎と共に浦賀へとやって来ました。
・美都姫の墓
寿光院は浦賀奉行所に最も近い寺院であったため、美都姫は当地で亡くなり寿光院に葬られたと伝えられています。
浦賀は浦賀ドックをはじめ千代ヶ崎砲台跡・燈明堂やパワースポットと知られる東叶神社・西叶神社 など歴史とパワーを感じられる場所です。
おまけ
叔母から黒船サブレをもらいました。

久しぶりに食べるわー
祖父母の家でよく食べていたサブレで好きです。
そして子供の頃から変わっていないパッケージ。
見た瞬間「これよ、これ」と懐かしい感じ。
こちらは葉山で立ち寄ったコンビニで見つけたポテチ。

神奈川限定「葉山牛」のポテチ
思わず買ってしまった。
久しぶりに行って思うのは
やっぱり浦賀はいいわ~
またゆっくり行きたいです。